情態

里吉うたのさんがサンリオピューロランドに行く動画を観て、この世界は良いもので溢れている、と感じた。2014年くらいで更新が止まっている、当時高校生くらいの人が所有していたと思われるTwitterアカウントの、独特な感じってある。プリクラや集合写真の類をそのまま載せていてプライバシーの意識がない。というよりかは、今でいうLINEみたいな感覚でTwitterを使っていたのかもしれない。アカウント名が本名らしかったり、リプライなどで互いに名前を呼び合ったりするので、この人は誰でこの人はこの人と付き合っている、みたいな人脈も探れてしまう余地がある。あと、だいたい喫煙と飲酒をしている。平成を感じて元気が出る。それと同時に、彼らの、未成年飲酒をして未成年喫煙をして18で運転免許を取って…みたいな物事の進みの速さとは対照的に、わたしの人生の進み具合は全体的に遅く感じられて、なんだか悲しくなる。いや、まったく悲しむことでも恥じることでもないのだが。彼らは物事に躊躇がないように見えて、プリクラ機の中で交際相手とキスしたりも出来る。そういう、臆病さが無い点には憧れる。2014年に高校を卒業したとしたら、いま彼らは20代後半、起業をしているかもしれないし育児をしているかもしれないし、それは分からないが、けっきょくそのような人口が大きなものを支えていることは確かで、そういう思い切りの良さとともに人生を奔走して実存主義的に生きるということも人間には可能なんだなあ、と気づかせてくれる。そして、わたしは彼らを見下すことをできない。そういうめちゃくちゃな場所に、中学生のころにでも身を置いておきたかったなあ、という感覚もある。井出ちよの "打ち上げナイトスカイ"は名曲だ。何回でも書く。脳が焼き切れるほど良い。この世界に自分が存在していることから肯定させてくれる、そういう素晴らしさがある。Spotifyのプレイリストをシャッフル再生していたら、Cidresというアーティストの"Poolgirl, Poolboy"という楽曲が流れてきたのだが、これが良かった。ウォール・オブ・サウンド的な音響を追求しているらしい。間接的にシューゲイザーも感じる。コンビニに寄ったら、レジのカウンターに竹刀を差し出しながら「押忍!」みたいなことを言って、空手やってますみたいな雰囲気を出している客がいて、めっちゃ滑っていた、という夢をみた。テレビはコンテンツを直に放送するが、SNSの類はあくまでもコンテンツの宣伝や感想だけに終始するため、あまり手が伸びないコンテンツでも目や耳に入ってくる、というのはテレビの良いところなのかもしれない、と思った。鼻の中にニキビが出来て困った。各家庭の豆のまき方は最小単位の文化だ。