植物園へ行きましょう

"To be continued"という言い回しで、"continue"には他動詞用法もあり得ることを知る。The Raincoatsをはじめて聴いた。サブスクになかったので、ひとまずBandcampで。好きな感じだった。Vaporwaveファンでネット上のハンドルネームをVaporwaveっぽくしていない人がいたら、その人は強い。生協のエナジードリンクはうまい。Yahoo!知恵袋に他人がポストした質問について、わざわざ回答を紙に書き、その画像を送っている人がいた。他人に親身な回答者。見ず知らずの他人だけのために筆記された、その紙の上の文字は、その回答者の家にあり続ける。好きなアルバムは媒体など関係なく集めてしまう。もしSpotifyがなくなっても聴ける。LPとCDで内容が重複していても、質としては別々の良さがあり、それらを家の中で保存することには意味がある。涼しい部屋で電気をつけずに猫と過ごし、あまりスマートフォンなどを見ずにVaporwaveのレコードをかけていた。思わぬシナジーへ達する組み合わせだった。Taiko Super Kicks『石』はやはり傑作だ。last fmによると、わたしがこの作品をはじめて聴いたのは2022年の2月24日のことらしい。その日のうちに、わたしはこの作品を三回も聴き通している。なんとなくその日の記憶はあり、一曲目の"スジ"から何かが違う感覚がしたのは覚えている。直後に、真っ暗な風呂場の中で二回目をかけたことも。「温室前」という名前のバス停があるらしい。植物園に行きたくなってきた。そのことについて、少し検討している。わたしの家には猫が二匹いるが、一方は人に着いていく、他方は自分の居たい所にいることが多い。自らの意思で行動を選択している。その姿は健気であり、安心感ももたらす。じぶんのメールでの言葉づかいに、後から不安になることがある。よく「眠りにつく前にじぶんが失礼なことをしていないか否かを考えてしまう」みたいなことは言うが、それに近い。更に言うと、メールの文面の場合は後から見返せるため、失礼な感じになってしまっている文面がLINEのトーク画面に現れるとけっこうクリティカルだ。たいがいは、自分の思う、良さげなほうの表現を用いてメールの返答はしてあるのだが。面白いDiscordの投稿のスクリーンショットが最近Twitterでバズるようになっていて、「ボケて」の投稿がTwitterでバズっていた、それらが「家事あるあるツイート」などと一緒にNAVERまとめにまとめられていた時代のことを思い出している。「笑うメディア クレイジー」のパターンもあった。調べてみたら今もあった。まだDiscordは味がするというか、夏場の敷き布団の涼しげな部分みたいな概念に近しいと思うが、いずれそれが今の「ボケて」のように、風化して、2015年生まれの人とかにバカにされるようになるのだろうか。もしそうなのであれば、これは輪廻転生に近い。かなり怖い。いま自分たちが新しいと思ってやっていること、ユーモア、音楽、表現、それらの殆どは、おそらく五十年後には風化し、過去の老人たちの戯れ事となっている。このブログは数年後にも、はてなブログというプラットフォームごと消滅するかもしれない。今を生きろ。『SEASIDE LOVERS - MEMORIES IN BEACH HOUSE』がかなり良い。おもしろい。媚びる音楽。いま聴いているのは山口美央子月姫』。歌謡曲っぽいものに、ひとツイスト。ジャケットの時点で何かが違うことは分かる。