明るい

午後の三時とかに起きると、やっぱりその日は寝れないね。起きるために設定しておいた大量のアラームを一斉にオフにしているとき、夢の始末をしているなあ、と思う。テレビを観ているとき、ああこのCMは過度な無音や反対に大きな音を使って視聴者を惹きつけようとしているな、と思ったとき、抵抗して、視線を画面に動かさないことがある。朝七時の時点で、きょうは服装に失敗したなあ、と思った。朝、寒いという理由で裏起毛を着たのが間違いだった。駅のホームで電車を待っていたら、知らない老人に、前に詰めることを促すようなジェスチャーとともに何かを言われて(イヤホンをしていたので聞き取れず)、不気味だったので違う列に移動した。確かにわたしは電車を待つ列にいて、ぎちぎちに詰めることなく並んでいたが、とくに混雑しすぎるホームでもなかったし、何より赤の他人に自分のルールを押し付けてくる無配慮さと馴れ馴れしさには眩暈がする。わたしよりも長く生きているはずなのに情けないなあ。そのあと電車に乗り込んだら、暑いと言っているのにやんわりと暖房がついていて、朝と春と人と電車への嫌悪が一斉に訪れた。¥861に対して¥1011を払って¥150のお釣りをもらう、みたいなテクニカルな会計をした。最近は、Masonnaを聴いて精神の均衡を図っている。図書館で『パンク・ロック/ハードコア史』という本を断片的に読んだ。かなり散文的であるという点では好みではないが、クラスト・パンクやアナーコ・パンクといった、定義的に曖昧なジャンルを概観してみるのには良かったと思う。

f:id:themores:20240415124921j:imageエマーソン・レイク・アンド・パーマーみたいでかっこいい。Crassを聴きながら、一時間くらい、目的地もなく歩いた。目的地のない散歩をしているとき、折り返す瞬間をいつにすべきか、ずっと逡巡している。道を歩いていて、急に、何かを思い出したように来た道を戻るというのは有機的ではないので、わたしの場合は往路と復路が重ならないようなルート、すなわち行きと帰りで異なるルートを通ることが多い。地図アプリの示すままに歩いていたら、近隣の住民しか利用していなさそうな細くて急な階段が出てきて、テンションが上がった。この散歩にCrassは少し違うな、と思ってsoraの『re.sort』をかけたら、これこそが今日みたいな日の散歩にぴったりの作品だった。公衆トイレに入ったら、「一定の時間以上の滞在でブザーが鳴ります」みたいな注意書きがしてあって、落ち着かなかった。きょうはスマートフォンの充電がぎりぎりで、帰宅まで三時間ほどあるという時点で20%ほどのバッテリー残量だったのだが、耐えた。充電がないと必然的にスマホを取り出す回数が減り、逆説的だが、スマホから離れることができて快適でもあった。座っていたら、ストローの入るビニールの袋が風にあおられて足元まで転がってきたので、足で踏んで止めて、そのあと捨てた。契約のミスに気づいて、絶望している。金銭が絡んでいる。わたしには衝動的に物事をやってしまうときがある。衝動性というよりかは、ただ長期的な視点で物事を考えることが不得意で、それに対する忌避感を抱えているのかもしれない。どうにも行かなくなってきたので、Chapterhouseの『Whirlpool』を聴いて、何かを整えている。

Treasure ひさびさに聴いたが、圧倒的だ。やっぱり、いちばん元気に過ごせるのは日曜日だ。社会がわたしの生活に干渉する。リュックの中身をぜんぶ取り出したら、身に覚えのない、セブンイレブンの薄いウェットティッシュが出てきた。

f:id:themores:20240415224533j:image人の関心は、契約と外傷にある。陽を浴びた体が火照って、棒状の保冷剤みたいなやつで、体とスマホを交互に冷やす。デンタルフロスみたいなやつを久々にやる。一生スタックしたままなんじゃないか、というくらい隙間に沈み込む瞬間があって、その時はひんやりとするが、やはり自分の歯の間に糸を入れてカチャカチャやるのは楽しい。宴が終わってだいぶ経ったあと、洗面台に置かれたグラスの中にぎりぎり形をとどめた氷が入っている、という状況の存在に気がついた。どうにかしてこれを上手く俳句なり川柳なりに詠み込めないものか。