もやし観想

Unwound『New Plastic Ideas』のリリースから三十年が経ったらしい。リズミカルであり、金属質で重々しくもある。わたしがUnwoundでいちばん好きなアルバムはこれだ。"Hexenzsene"という曲が特に良い。すこし針で突っついたら爆裂してしまうようなギターのトーン、そして轟音。学校の試験でカンニングをした生徒が学校側から「卑怯者」と執拗に責め立てられ自殺してしまった、というニュースをTwitterで見たのだが、「カンニングをしたのは自分なのだから自業自得」みたいな、どちらかと言うと生徒側に非がある、といった意見を持つ人がかなり多くて、こんな意見を持つ人がたくさんいるSNSはやめるべきなのかもしれない、と思った。靴下を履いたまま風呂掃除をして、そのあとずっと、靴下がなんとなく濡れているような、濡れていないような感覚があった。わたしはこのブログに、日記と銘打ちつつかなり音楽のことを書くのだが、それは「音楽ブログ」という枠組みで書くよりも筆が乗るからだ。音楽レビュー、などと銘打ったところで、音楽を聴いて抱く感想というのは全て言語化できるものではないし、言外にある衝動や感動といったものを強引に言葉にしたりすることはレビューの本旨からは逸れると考えている。うまい音楽レビュアーは、言語化作業もほどほどに、作品の裏にある歴史や文化的なコンテクストを考証して、それらを絡めつつ文章を仕立て上げるのだと思うが、これはかなり難しい。Cooというフィンランドのバンドの『Heavenly Blue』という作品が、すばらしいシューゲイズ作品だった。

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エレキギター、ベースギターともに、ギターの鳴りがとにかく良い。ラウドで、リズムとメロディーが立っている。Bufferins『Corrupt』を聴いた。このアルバム、このバンド、そしてその周辺のジャパニーズエモ/ポストハードコアシーンは掘りがいがありそうだ。Twitterを見ていたら、海外の音楽オタクが名盤のジャケットをPS2ふうに加工した画像がたくさん流れてきて、困った。ひさびさに『やりすぎ都市伝説』が放送されているのが目に入って、いつの間にか、この番組には強い拒絶感を感じるようになっていた。いわゆるファスト教養っぽいやつか、こじつけのオカルト、陰謀論っぽいもの、地上波で取り扱ってよい/扱ってはいけない事物の線引きができていなさそうなおじさん、いずれにせよ、出てくるものの大体、何かがずれている感じがして、それを見聞きして楽しんでいる(振りをしている)出演者たちを見ていられない気持ちになった。新沼希空さんの写真集発売の報を受け取って、エンタメだ、と感じた。「いっぱい」を「たくさん」に矯正される時期があった。わたしの初めてのテクノは"Windowlicker"だった。クリス・カニンガムが監督したプレイステーションのコマーシャルを、いつの間にか怖いと思わなくなっていた。怖さとは異なる、胸騒ぎのようなものは今でも感じる。