好きなバンドと対バンしてほしい、5番手が6番手になるようなバンド

看板が反対のローソンを見た。看板といっても店名が書いてあるかたい素材のものではなく、店名の下にあるビラビラの布みたいな看板。あれって何と呼べばよいか分からない。「看板」と言ってまず連想されるものはかたい素材のものだな。ローソンでいう、からあげクンの増量が示されているビラビラ。ミニストップでいうと、ハロハロやいびつな形のポテトが宣伝されているあのビラビラ。それが完全に裏返っているローソンがあってすごかった。「ち」と「さ」みたいな、純然なウラオモテの取り違え。もう見ることはないだろうか。人が歌っているのを聞いていると自分自身の呼吸が苦しくなることがある。Arctic Monkeysの1stとか。ライブ盤とかもボーカルの臨場感がありすぎる時がある。柴田聡子ってほんとうにすごい。共感がある。心が荒んでいるときほど重く響く。神聖かまってちゃん"学校に行きたくない"がハーシュ・ノイズ・ポップって感じで驚いた。駅の職員が駅構内に七夕用と思われる笹を設置している様子を見かけた。にしてはでかい笹だった。自分が小学生である夢をみた。友人の一人の家に初めて入ったら他の友人たちまでもが私の知らない単語を使っていて、え?と思ったら、そのコミュニティ内で新しい単語を一つ作って日常使いをしていてビックリした、という内容。全ての文言を支離滅裂にする、下品な語尾をつけるなどは小学生の言葉遊びとして理解ができる範疇にあるが、ただふつうのコミュニケーションの中に知らない単語が一つだけポンと放り込まれている様子は実に予想外だった。予想外でありながら一見すると普通のコミュニケーションとして成り立っていたため、実際にこんな感じで生成された単語もこの世界に一つくらいはあるのではないか、という期待を抱かせるものでもあった。ちなみに夢の中のその「造語」は用法がまとめられた紙が壁に掲示してあり、その"ことば"と"意味"じたいは夢の中だったもので忘れてしまったが、その紙の端に「同じ言葉でたくさんの意味を表して6%ラクしよう!」みたいなことが書かれており、造語を捻る理由がコミュニティへの帰属意識・団結意識みたいなものではなく、コミュニケーションにおける負担削減のように見えたことはいかにも夢の中らしく支離滅裂でおもしろかった。

 

【本日の1枚】Unwound『Repetition』(1996)

最初の3曲くらいとラストの"For Your Entertainment"が卓越しすぎていて、ほかが微妙に聞こえてしまう。と感じる。Unwoundは初期と末期が一番好きだな。初期は緩急がありノイズの多いアプローチが粗雑な録音と相まってかっこいい。末期はバンドの静かな部分をポストロック的に昇華(消化)するレベルに達していてかっこいい。でも中期はピンとこない。『Repetition』はハードコアと落ち着いた音響どちらも入り混じっている印象で、ちょうど過渡期に当たる作品なのかもしれない。なんだかんだ"Message Received"が最高潮かもしれない。