ohanajyaya状態

わたしには叔父がいるのだが、幼少期のころその叔父とはじめて風呂に入ることになったとき、両親以外の人に裸を晒すのが恥ずかしくて、お湯を貯めた桶とともに「足湯!」と叔父に言って、共に全裸で風呂に入ることへの躊躇を示したことがある。きょう思い出した。べつに嫌とかではなかった。ただ、直で裸になることがいやで、まず足だけをネイキッドにするという段階を踏みたかったのだ。きのうは、松島直美が『color “いろ”の魔法』というタイトルの写真集を出版していることしか新たな知識を得なかったな。きょうは出かけた。とちゅう、獣っぽいにおいの駅と、機械っぽいにおいの駅があった。知らない本屋に寄ったら、「木曜日は本曜日」と書いてあるのぼりが目に入るばかりで、あまりそそられる本はなかった。神聖かまってちゃんの"聖マリ"のトランシーさに気がついた。ここ3日間くらいは、ほとんど神聖かまってちゃんしか聴いていない。チェリオの天然水のパッケージに書いてある、"We at Cheerio believe that who you are and who you love are for you to choose."という英文はかなり気持ち悪い。名詞+be動詞(+for 人)+to 動詞、という構造をした英文を見たことがない。きょうは着衣の状態ですら体が芯から冷え切っていたから、風呂に入る際に脱衣するときもあまりヒートショック的なことにならなかったな。ふだんは衣服で体が暖まっているぶん、脱衣所では凍えるのだが。このブログの更新告知をしているTwitterアカウントをフォローしてくれている人がいて、とてもうれしく思っている。わたしの両親は、マツケンサンバの異常なウケ方に対して「何かしらの癒着があるのではないか」などと懐疑的になるタイプだ。My Bloody Valentineの『Loveless』をブックレットのクレジットを眺めながら聴いていたら、3曲目の"Touched"だけColm Ó Cíosóig氏の作曲だと知った。そのあと、Dip『I'll Slip into the Inner Light』を聴く。